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  • 成年後見11-推定的意思

    晴れ、そして美しい三日月夜

    今回は後見業務で難しい問題をひとつ紹介します。
    成年後見人には被後見人本人の意思尊重義務というものがあります。

    では、被後見人本人が植物状態であった場合、後見人は本人の意思探求を
    しなくてもいいのでしょうか?

    この場合は、本人の意思など確認できっこないのだから、なすすべがない
    という回答も十分ありえますが、しかし、本人の親族や、関係者から、あるいは
    本人の書いた文書から、本人の意思を推測する道があるともいわれています。

    つまり、本人を取り巻く人々などから、本人の「推定的意思」を判断していく方法です。

    幸いにして私が後見人に就任している事案では植物状態になっている方は
    これまでいませんでしたので、「推定的意思」を探求した経験がありませんが、
    この言葉を知るにつけ、「人間の尊厳」をうしろで支えるとは、並大抵のことでは
    ないと思う次第です。

    ところで、みなさん。
    「推定的意思」の探求とは、「人間の尊厳」に通じる言葉、行為でもあるのです。

    司法書士松井秀樹 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
  • 成年後見10-ハイリスク・ハイリターン

    すばらしい秋晴れ

    後見人は被後見人本人の財産の管理権をもっています。
    これは財産を処分することも含みます。
    つまり、後見人は本人の財産に関する包括的な代理権をもってるといえます。

    では、後見人は、後見人として就任して新たに株式投資を行うことが
    できるのでしょうか?

    これはできないと考えられています。株式投資とはハイリスク・ハイリターンの
    運用を行うことを意味します。後見人はこのようなリスクの大きい財産管理を行って
    はいけないのです。

    数年前、東京家庭裁判所の後見センターは、判例タイムズという法律専門誌に
    おいて、「後見人は資産を増やす義務はない」と明言しました。

    先日、大学で講義をしていましたら、受講生から、では後見人は資産を
    維持する義務はあるのか、という質問がきました。

    そこで私は後見人には本人の資産について「善良なる管理者の注意義務」がある
    という話をしました。さらに言えば、後見人は被後見人本人のために資産を正しく
    使う義務があるといえます。

    10月14日に日本証券アナリスト協会において講演しました。
    日本橋の東京証券取引所の5階にある会場でした。私もこれまで様々な講演
    をやってまいりましたが、証券取引所の上で講義をするとは想像してもみず、
    とても光栄に感じました。

    私はそこでも、証券マン・金融マンを前にして
    「後見人はハイリスク・ハイリターンの運用はできません」
    と高らかにお伝えしたました。

    今日は、天高い、すばらしい秋晴れです。
    あしたは三浦半島最高峰の大楠山に登ってみようと思っています。

    司法書士松井秀樹 | PermaLink | コメント(0) | トラックバック(0)
  • 成年後見9-親亡き後問題

    みなさんは「親亡き後問題」という言葉を聞いたことがありますか。
    これは、知的障害者や精神障害者、あるいは重度の身体障害者の両親が
    亡くなったあとに、残された障害者がどう生きていくのか、その生活を誰が支援
    していくのかという問題です。

    これまで障害者である子の将来の心配のあまり、親が子と無理心中してしまう
    悲惨な事件も数多く起こっています。

    さて、成年後見制度はこのような親亡き後問題に対して活用できると考えれて
    います。じつは私も成年後見制度が施行された平成12年に、この問題と
    成年後見制度の活用法を論文にした経験があります。

    ところで、その話はさておき、私はいつも大田区大森にある事務所の仕事を
    終えると、京浜急行線の平和島駅まで18分ほど歩きます。そこから
    電車に50分ほど乗って馬堀海岸駅で下車します。

    じつはここ10数年、この平和島駅までの帰り道に「親子」と見受けられる
    女性の二人連れとすれ違うことがたびたびあります。一人は70歳少し手前の年齢
    の方、もう一人は40歳代と思われる方です。

    若い女性は年上の女性にいつも手を引かれています。二人は寄り添い歩きながら
    親しげに会話しています。しかし、若い女性は全盲と見受けられます。
    私はこの二人にすれ違いうたびに、これも人間愛のうるわしい情景
    なだあと思っておりました。たしかに人間愛であることに違いありません。
    それが先日、すれ違った際、これまで考えなかったことが私の心に浮んでしまいました。

    「ああ、この年上の女性が亡くなってしまったら、この全盲の女性は一人で
    歩けなくなってしまう。今から一人で歩く練習をしないと悲しいことになる」

    私はこの時、あの「親亡き後問題」という言葉をまた思い出した次第です。
    人間の善意は時には、それを受ける者に、結果として不幸を与えることがあるのです。

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  • 成年後見8-出雲

    10月23日(土)は島根県司法書士会で3時間講義しました。
    内容は「後見人の倫理と問題事例」と「成年後見制度の現状と課題」です。
    80人ほどの地元司法書士の方が受講していました。

    ところで後見人の起こす不祥事は被後見人に決定的な打撃を与えて
    しまいます。
    成年後見人は被後見人に代わって包括的な財産管理権をもっています。
    被後見人は判断能力がないのですから後見人を監視することができません。
    したがって後見人になった者が高い高い倫理観をもっていないと
    財産侵害などの大変な事件を惹き起こしてしまいます。

    また後見人の不祥事は生活苦などで、自分の手元にある被後見人の財産
    に手を出してしまうケースが多いように見受けられます。
    ですので、後見人になっていなかったらこの人はここまでの犯罪を惹き起こすことは
    なかったであろうと思われる事件もあります。

    このようなことを考えていくと、他人様の財産管理を行う後見人になるには
    強い覚悟が必要に思えます。

    ところで24日は出雲を少し観光しました。出雲の民家はどれも大きくゆったり
    した構えです。庭も広く野菜畑をもっています。ここはくらしに余裕がある
    土地柄だと感じました。

    出雲大社は雨模様でしたが、ここになぜ古代、このような王国が誕生していった
    のか不思議に思いました。

    空港で食べたシジミラーメンはおいしかったです。

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  • 成年後見7-医療行為の同意

    少し時間ができたので、久しぶりに書きます。
    成年後見人の医療行為の同意権についてです。
    立法担当者の見解によると「医的侵襲をともなう医療行為の同意権」は、成年後見人
    ・保佐人・補助人・任意後見人にはないとしています。

    ここでいう「医的侵襲をともなう医療行為」とは、「外科手術」などがその典型です。
    厳密にはインフルエンザの注射を打つこともこれに該当します。
    では、なぜこの同意権は成年後見人にはないのか。
    これは平たくいうと「自分の身体にメスを入れることに同意できるのは自分しかいない」
    という考え方がベースにあるからです。

    ですので、たとえば本人の家族もこの同意権はないということになりますが、
    医療現場においてはこれまでの慣行で、本人に意識がない、判断能力がない
    状況下で家族の同意で手術等が行われています。

    成年後見人には認められていませんが、しかし、家族も親族もいない方のケースでは
    医師は成年後見人にこの同意を求めてくる例が多いのが実情です。
    さて、あなたが後見人であったら、どう対処しますか?
    法律上の解決はまだなされていません。

    この問題につき、後日、また書くつもりです。

    これから明治学院大学に一般公開の成年後見実務講座の講義に行きます。
    そして、あしたは島根県の出雲で3時間講義をするため羽田から飛行機に乗ります。
    出雲大社に寄ってこようと思います。

    では、よき週末を。

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  • 成年後見6-成年後見法世界会議

    午前11時30分 晴れ

    10月2日から4日までの三日間、パシフィコ横浜で、わが国初の成年後見法世界会議が開催されました。
    私も受講者として参加しました。

    参加国はドイツ・イギリス・オランダ・アメリカ・カナダ・オランダ・オーストラリア・韓国・台湾・
    シンガポール・サモア・日本であったと記憶します。

    この会議では成年後見に関するあらゆる論点が議論されたということです。
    分科会は8つ開催され、私は「医療同意」と「後見人への公的支援組織」に参加しました。

    医療同意の分科会でとても印象的だったのは、ドイツでは、後見人に医療同意
    に関する権限を認めているようですが、重大な医療行為については、後見人は
    裁判所に同意していいかどうかについての許可を申し立てることができ、この
    裁判所の関与の真の目的は、後見人を守るためだということでした。

    つまり、重大な医療行為に同意した後見人の判断が間違っていたとして
    争いになった際に、その判断に裁判所がおすみつきを与えたことで
    後見人に損害が及ばないようにするためだということでした。

    さすが、ドイツだと思った次第です。

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  • 成年後見5-「傾聴」

    雨 ふりやまず。

    以前、数ヶ月間にわたり「末期癌」や「ホスピス」や「終末期医療」関係の本を自宅の
    ある横須賀市の中央図書館から借り受け、通勤電車の中で読んでいました。
    かれこれ10冊は読み終えたように思います。

    後見業務を仕事の一つとしている以上、被後見人である「他人の死」については
    日常の仕事の上においても関心があるのは当然ですが、この仕事をやって
    いるうちにいつかは余命何年、あるいは何か月かを告知された人と仕事上でかかわりをも
    つことは十分過ぎるほどある得ることです。現に私の友人である複数の司法書士からホ
    スピスの問題にぶちあたった例を聞いています。しかし、他人様のことよりも「自分の死」
    にいつかは臨まなければならないのが自然の摂理、永遠不滅の真理なのですから、
    これらの本をいまから読んでおくことも決して無駄ではないとも思っています。

    さて、これらの本を読みあさるうちに私の知らなかった知識を得ることも多く、たとえば現在の
    終末期医療ではモルヒネなどの使用で末期癌患者がこれまで苦しまなければならなかった
    激しい疼痛の9割を抑えることが可能であるといいます。このことにはほっとします。また平
    然と死に赴く人の多くは「死が終りでない」という宗教的確信をもっている人だといいます。

    ここで思い出すのは19世紀の哲学者ショーペンハウエルが記した言葉です。たしか「動物
    は死を目の前にして初めて死を知るが、人間は死のずっと手前で自分の死を考える。ここ
    から宗教も哲学も文学も発生した」といったような内容の文章を残していたと記憶していま
    すが、現代人には自分の死後も存続する命があるといういわば宗教的確信をもっている人
    が少ない以上、死に方は難しくなったと考えてみたりします。

    「スピリチュアル・ペイン」という言葉もあるそうです。これを日本語にしいて訳すと「霊的な痛
    み」となるのでしょうが、「自分の存在がなくなることと、生きる意味の消失に伴う苦しみ」とい
    ったある種の究極の苦しみを多くの末期癌患者が通過するといいます。

    ところであるホスピス医の記すところによると、人が余命何か月かの宣告を受け、その方と
    医者として対することになった場合、なぐさめの言葉をかけることはなく、ただただその方の
    魂の痛みを聴くことに専念するのだそうです。その方の絶望の声に耳を傾ける、つまり「傾聴」
    する姿勢をとるのだといいます。いや正確に言うと「傾聴するしかない」のだといいます。

    では何故傾聴するしかないかというと、ホスピス医にしても、この世に生きているすべての人
    にしても、いまだ自分の死を経験したことがないのですから、死後のことは正確には誰にもわ
    からないということになり、そのことを知っている以上、ただ死に臨む人の苦しみの言葉に耳
    を傾けるしか、やれることはないという理由だそうです。しかし絶望の言葉を吐く人もいつかは
    そこを通過し、次には死の受容が始まるともいいます。この絶望から死の受容へ移行するプロ
    セスは、たしかキューブラー・ロスも記していたように思えますが、ロスの本は10数年前に読ん
    だため記憶が定かではありません。

    私はこの「傾聴」ということを知り、ふと思うことがありました。私がいま任意代理をしている方で、
    絶望の中にいる方との1ヶ月に一度の面談の際(これは私にとっても重く苦しい面談ではありま
    すが)、それまでなぐさめや励ましの言葉をかけていたのを止めることにしました。私はただただ
    その方の苦しみの言葉を「傾聴」する姿勢をとったのでした。

    するとほんの少し変化が生じました。その方の表情がこころなしか明るくなったように私には思え
    たのでした。確かにそう思えたのでした。

    これは何故なのだろうかと、愚鈍な私は、誠実に考えつづけているのです。

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  • 成年後見4 「愚行権」

    少し、仕事の手をやすめ、我が愚行のブログを書いています。

    成年後見の分野でよく語られる言葉に「愚行権」というものがあります。
    「愚行的選択権」とも「浅はかな行為を行う自由」ともいわれています。
    つまり、人間は他人に迷惑をかけない以上、人が愚行と思うものであってもやっていいのだ
    という意味です。私はこの言葉にある種、さわやかな風のような、自由な何ものかを感じています。

    なぜ、この言葉が成年後見の分野で言われているのかというと、後見人というのは
    被後見人本人の行為を風紀委員のように監視したりするものではないということを伝えるためです。
    なお、「後見人は風紀委員ではない」という言葉は、筑波大学の上山教授の名言です。

    みなさん、判断能力が通常より低下していたとしても、人間の行いは、自由なのです。
    ただ後見人としては、本人のその行為が他人に迷惑をかけたり、本人の生活がそれによって崩壊してしまう
    ようであるならば、それは止めましょうという役割はありますが。

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  • 金曜の夜には

    さて、今日の午後6時5分から、白金高輪の明治学院大学1101号教室にて一般公開の成年後見制度実務がはじまります。賽は投げられたというか、もうあともどりはできません。
    今日の昼も講義の資料の読み込みです。今年は200名弱の受講生とか。第1回目の講義は
    「実務家から見た成年後見制度」です。私の経験をもとに制度全体を概観し、主な問題点も
    受講者に提示します。

    講義は7時35分に終わります。質問や後片付けをし、大学を出て品川駅に着くのが8時20分ごろ。それから京浜急行の快速に乗車し、途中一度乗り換え、馬堀海岸駅まで。

    駅前のスーパーで手ごろなワインを買い、海の見える自宅に10時近くにやった帰宅し、妻のつくってくれたおかずでワインを一人飲み始めます。質素ですが、気分は豪華な晩餐です。
    金曜の夜は、私だけのワインの夜です。今年もこのようにワインを飲めることに感謝です。
    文学好きの私は、今夜は、明治学院の卒業生、島崎藤村の「千曲川のスケッチ」か「夜明け前」でも読んで、眠りにつこうかしら。

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  • 「市民後見人」の名付け親

    昨日のブログで「市民後見人」について少し触れました。
    この市民後見人とは、「第三の後見人」ともいわれている方々です。
    新成年後見制度が2000年4月に施行されて以来、親族が後見人に選任された割合は
    年々低下傾向にあり昨年は全体の63.5%までになりました。
    ちなみに旧法時代の1999年度は95%以上が親族の方が後見人に選任されていたといいます。

    親族以外の方を後見人に多く選任することを、「後見の社会化」ともよんでいます。

    これまで第三者として後見人に選任されていた司法書士・弁護士・社会福祉士等を
    「専門職後見人」と呼び、成年後見制度の支え役の一翼を担ってきていましたが、
    地域によってはこの数が後見の需要に追いつかなくなる状態が出現するようになりました。

    そこで登場したのが「市民後見人」です。会社を退職した方などが地域社会に貢献したいとして
    長時間に及ぶ研修を経たのち、家庭裁判所より後見人として選任されはじめました。
    まだその数は少ないのですが近い将来には全国各地で登用されると予想しています。

    では、この「市民後見人」という、そのものズバリの名前を考え出した方は誰なのでしょうか?
    新しい制度が普及していくためには、その本質を表現し、シンプルであり、かつ、かっこいいネーミングが
    必要です。じつはこのことを書きたくて今日のブログを書いています。

    たしか今から5年ほど前だったと記憶します。
    私の敬愛する先輩司法書士・埼玉の大貫正男氏がある夕方、そろそろビールを
    飲みたくなったなァと思いつつ仕事をしていた私に電話をくれました。
    「松井さん、第三の後見人の話なんだけど、じつはいい名前を思いついた。感想を聞かせてくれ」
    「へえ~、どんな名前ですか?」
    大貫さんは一呼吸おいて、厳粛に言われました。
     「市民後見人」
    私は感動のあまり口走っていました。
    「これはいけます! ドンピシャです! これはヒット作になります!」

    大貫さん以外の人間に「市民後見人」が、史上初めて認知された瞬間でした。

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